2021年4月より施行された改正省建築物エネ法に関する設計メモです。
ここでは特に、300㎡未満の住宅・非住宅に関する省エネ性能に係る説明義務制度に関して詳細に説明したいと思います。
説明義務制度の概要 | |
対象 | 10㎡超300㎡未満の原則すべての住宅・非住宅 |
説明者 | 建築士が建築主に説明※ |
説明内容 | ❶ 建物の省エネ基準への適否 ❷ (省エネ基準へ適合しない場合)省エネ性能確保のための措置 |
説明方法 | 書面にて(建築士事務所にて15年間の保存が必要) |
改正前では300㎡未満の建築物(住宅・非住宅)に関しては、「省エネ性能向上」の努力義務が課せられていましたが、改正後には具体的に「省エネ基準適合」の努力義務と定められたのに加え、建築士による建築主に対する建築物の省エネ性能に係る「説明義務」が課せられるようになりました。
この「説明義務」とはなんなのか?どういった目的で定められた制度なのか?建築士は具体的に何を行うべきなのか?などの疑問について詳しく解説したいと思います。
- この記事の内容は、国土交通省のウェブサイトの中の資料「改正建築物省エネ法オンライン講座テキスト全国版」および「建築物省エネ法に基づく規制措置・誘導措置等に係る手続きマニュアル」を参照しています。
- 改正省エネ法の中で特に説明義務制度に焦点をあてて、できるだけわかりやい解説を心がけています。
- 2022年6月に建築物省エネ法のさらなる改正法が公布され、2025年度までに説明義務制度は適合義務制度となる予定ですので注意してください。
説明義務制度の目的
改正省エネ法の中で300㎡以上の建物の新築等には、住宅・非住宅共にそれぞれ省エネ基準への適合義務(非住宅)と届出義務(住宅)が定められています。
一方、300㎡未満の小規模建築物(住宅・非住宅)の場合は、建築主に建物の省エネに関する知識・理解と省エネ性能向上への意識を高めてもらうことを目的とした、建築士による建築主に対する説明義務制度が定められました。
ここでは、省エネ法が改正された社会的背景を振り返るとともに、省エネ法の中での説明義務制度の位置付けを簡単に押さえておきます。
建築主へ実際に説明を行う際にも役に立つ情報かと思います。
改正省エネ法施行の社会的な背景
- 2015年12月 COP21(気候変動枠組条約 第21回締約国会議)で温室効果ガス削減のための国際枠組みとしてパリ協定が採択された。
- 2016年5月 パリ協定を踏まえて、日本の2030年度削減目標達成に向けて地球温暖化対策計画が策定され、閣議決定された。
- 住宅・建築物分野全体で、Co2排出量を2030年度に40%削減(2013年度実績に対する割合)することを目指している。新築建築物においては日本の産業界全体の12.8%を負担することとなった。
- 2019年(令和元年)5月 建築物省エネ法が改正され(建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律の一部を改正する法律)、2021年(令和3年)4月1日に施行された。
このような社会的背景により、建築界全体の省エネに対する取り組みの一環として、建築主にも省エネに対する知識・理解を深めてもらい、省エネに対する意識を向上してもらおうという目的で定められたのがこの制度です。
改正建築物省エネ法の中での説明義務制度の位置付け(300㎡未満の建築物)
改正された建築物省エネ法では、建物の規模・用途により、適合義務制度、届出義務制度、説明義務制度の3つの制度が定められています。
建築物(非住宅) | 住宅 | |
大・中規模建築物(300㎡以上) | 適合義務制度 ・建築確認手続きに連動 | 届出義務制度 ・不適合の場合、行政による指示・命令あり |
小規模建築物(300㎡未満) | 説明義務制度 ・建築士から建築主への建物の省エネ基準への適合に関する評価・説明義務 ・建築主が評価・説明を希望しない場合は書面による意思確認が必要 ・省エネ基準への適合そのものは努力義務 |
改正建築物省エネ法(令和元年5月17日公布)より
この中で特に、床面積300㎡未満の新築、増改築時に必要なものとして定められたのが説明義務制度です。
省エネ法改正前は、300㎡未満の建築物の新築等に関しては、建物の省エネ性能向上に対して努力義務があるとして、省エネ性能向上に対しての具体的な法的強制力はありませんでした。
改正後も、建物の省エネ性能向上そのものに対しては法的強制力はないものの、設計を進める際に、建築士による建築主に対しての建物の評価と評価結果の説明義務が求められます。
- 300㎡以上の建築物(非住宅)の新築等については、特定建築物として省エネ基準へ適合させることを義務とする(建築確認手続きに連動)
- 300㎡以上の住宅の新築等については、省エネ基準への適合を届出義務とし、適合しない場合は必要に応じて所管行政庁より計画の変更等の指示・命令がある。省エネ計画の届出は着工日の21日前に提出(特例により3日前に短縮可能)
- 10㎡超300㎡未満の建築物(住宅・非住宅)の新築等については、建築主が希望しない場合を除き、建築士が建築物の省エネ性能について評価を行い、建築主に対して評価結果の説明を行うことを義務とすることが定められた。
具体的には以下の2項目についての説明が必要。
(ただし、建築主が説明を希望しないことを書面で提出した場合、評価・説明は不要)
- 設計する建築物の省エネ基準への適否
- 省エネ基準へ適合しない場合は、適合させるための措置について(実際に適合させるかどうかは建築主の判断=つまりは努力義務)
令和4年6月16日に「脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律」公布されました。2025年度までに施行することが決定されており、この改正により建築物はさらなる省エネ性能の向上が求められることとなります。
具体的には、現行法で建物の用途と規模によりそれぞれ適合義務、届出義務、説明義務が定められていましたが、この改正が施行されますと建物の規模・用途に関わらず、すべて適合義務であることが求められます。
建築物の省エネに関する法律や制度は刻々と変化していますので最新の情報に注意してください。
説明義務制度の対象建築物の条件
説明義務制度の対象となる建築物の条件を順番に見ていきましょう。
10㎡超 300㎡未満の新築、増改築が対象
説明義務制度の対象となるのは、床面積の合計が300㎡未満の建築物の新築および増改築となっています。
住宅・非住宅の区分はなく、また複合建築物も対象となります。
ただし、床面積10㎡以下の新築、増改築は対象外となります。(改正省エネ法に関する手続きなし)
対象となる床面積の算定は、建築物省エネ法で定義された高い開放性を有する部分を除いた床面積
ここでいう高い開放性を有する部分とは以下の条件を両方とも満たすものです。
引用:建築物省エネ法に基づく規制措置・誘導措置等に係る手続きマニュアル(一般財団法人 建築環境・省エネルギー機構)
- 空調設備が設置されうる最小限の部分であること(=内部に間仕切壁等を有しない階又はその一部であること)
- 常時外気に対し一定以上の開放性を有していること(その部分の床面積に対する常時外気に開放された開口部の面積の合計の割合が1/20 以上であること)
条文:建築物省エネ法施行令第4条第1項
少しわかりにくい文言ですので、国土交通省Webページに記載されている手続きマニュアル内の図を添付します。
この図を見ればすぐに理解できるかと思います。
条件に当てはまる用途の建築物は、実際の設備機器の設置に関係なく適用除外建築物として扱われる
以下の建築物については適用除外となります。(法第18条)
建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律第18条
- 居室を有しないこと又は高い開放性を有することにより空気調和設備を設ける必要がないものとして政令で定める用途に供する建築物
- 法令又は条例の定める現状変更の規制及び保存のための措置その他の措置がとられていることにより建築物エネルギー消費性能基準に適合させることが困難なものとして政令で定める建築
- 仮設の建築物であって政令で定めるもの
1.に関して、建物の用途(確認申請書第四面に記載する用途)の全てが適用除外用途であれば、建築物全体として適用除外されます。
例えば、居室を有しない用途として自動車車庫、畜舎などが考えられ、また、高い開放性を有することにより空気調和設備を設ける必要がない用途としては、スポーツ施設、神社・寺院などの中から「壁を有しないことその他の高い開放性を有するものとして国土交通大臣が定める用途(平成28年国交告第1377号)」に規定された用途のみ適用除外となります。
2.に関しては、文化財等として文化財保護法や景観法などに関する建築物が該当します。
建築士が行うべき評価・説明業務の流れ
それでは、説明義務制度における建築士の実際の業務の流れをフローチャートにて大まかに説明します。
事前相談段階(設計契約前)に行うべき業務
建築主に対して、省エネ建物の必要性や効果について情報提供を行い、建築主の省エネ意識の向上に取り組む業務です。
設計業務において、建物の省エネ性能の評価と評価結果の説明を業務として行うかどうか、建築主に意思表明をしてもらいます。
設計段階(設計契約後)に行うべき業務
設計している建物の省エネ性能評価を実際に行います。
設計している建物の省エネ性能評価の結果を建築主に説明します。
とにかく手っ取り早く業務の流れをつかみたい方はこちらの記事を参照
評価・説明義務業務の大まかな流れがつかめたなら、次にそれぞれのステップにおける具体的な業務について詳しく説明したいと思います。
STEP1 建築主への情報提供
説明義務制度の目的の項目でも述べたように、この制度は、建築主に建物の省エネに関する知識・理解と省エネへの意識を高めてもらうのが狙いです。
そのためには専門的な知識を持つ建築士が、この制度自体の説明を行うと同時に、設計する建物の省エネ性能を高めることによる社会的な意義、建築主にとってのメリットとコスト的な負担などについて情報を提供する必要があります。
以下に具体的な情報提供項目の例を示します。
- 産業界全体の温暖化対策の内、建築分野が受け持つ役割の一部であること
- 説明義務制度は法律で定められた制度であること
- 説明には省エネ基準への適否と、適合しない場合に省エネ性能確保のためにとるべき措置の内容がふくまれること
- 建物の省エネ基準には外皮基準(断熱性能)と一次エネルギー消費量基準の2つがあること
- 性能評価の計算方法によって、精度、コストが異なること
- 建物を省エネ基準に適合させるのは努力義務であること
- 社会的な貢献
- エネルギー使用量を削減でき、光熱費を安く抑えることができる
- 建物内の温熱環境を向上させ、建物利用者にとって快適で健康的な建物となる
- 災害時への備えとなる(太陽光発電、蓄電システム)
- 補助金や減税など各種優遇措置が受けられる
- 省エネ性能を向上させるための建設コストの増加
- 建築士が省エネ性能の評価と説明を行うことによる設計料と作業時間の増加
箇条書きにすると内容は多岐にわたりますが、実際の説明では数枚のリーフレットに口頭で補足説明を加える程度で事足りるかと思います。
国土交通省ウェブサイトより、この情報提供ステップで利用できる簡潔で分かりやすいリーフレットを入手することができますので是非利用しましょう。
実際に建築主への説明の際に使用することもできます。
リーフレットの末尾には建築主が評価・説明が不要である旨の意思表示を示す項目があり、その場合に建築士が保存するべき書面としてそのまま使用できるようになっています。
建築主への情報提供時に利用したいリーフレット (クリックでダウンロード)
STEP2 評価・説明の実施に関する建築主の意思確認
STEP1で行われた情報提供に対して、建築主は提供された情報をもとに建物の省エネ性能を高めることのメリットとデメリットを理解した上で、評価・説明の実施に関しての意思決定を行います。
重要なのは、建物の省エネ性能を省エネ基準に適合させるかどうかの判断ではなく、あくまでも後のSTEP4で行われる評価と評価結果の説明(適合する場合or適合しない場合は適合さるための措置の説明)を建築士に依頼するかどうかの判断であるというのがポイントです。
設計料のコスト増など、なんらかの理由で評価・説明を希望しない場合は、評価・説明の実施を不要とする意思決定を書面にて建築士に提出した上で、建築士はその書面を15年間保存する必要があります。
その場合はこの段階で説明義務制度は終了となり、説明義務制度上はSTEP3とSTEP4に進む必要はありません。
希望しない場合は、その旨を書面(意思表明書類)で示し、建築士に提出する
⇩
希望しない場合は、その旨を示した書面(意思表明書類)を建築主から受領し、15年間保存する必要がある
希望する場合はこの段階での書面のやりとりは求められていない。
建物の省エネ性能の評価・説明を行うかどうかは、設計業務の作業量にも関わってくるので、ここまでのSTEPは設計契約前に済ませておくことが好ましいと思います。
また、STEP1とSTEP2は、その内容から一連の流れで一体的に行うのことが可能だと思われます。
STEP3 設計する建築物の性能評価を行う
設計契約後、STEP2の建築主の意思決定を踏まえ、建築士は設計がある程度進んだ段階で建物の省エネ計算を行い、建物が省エネ基準に適合しているかどうかの評価を行います。
重要な点は、増改築の場合は増築部分のみを評価するのではなく建物全体についての省エネ基準への適合性を評価するということです。
また、新築の場合でも併用住宅などの場合は、評価の過程において住宅部分・非住宅部分をそれぞれの基準で評価した上で、最終的には建物全体を一つの建物として省エネ基準への適合性を判断するということが重要です。
具体的な計算方法等は別記事にて説明を試みることとしますが、その他の留意点も含めてポイントを以下に示しておきます。
- 増改築部分のみを評価するのではなく建物全体の省エネ基準への適否を評価する
- 増改築における既存建物の竣工年によって省エネ基準が異なる(詳細については省略)
- 既存建物部分の仕様が不明な場合などは、増改築後も省エネ基準に適合することが困難であると判断して、省エネ基準不適合と評価することも考えられる。
- 住宅部分・非住宅部分でそれぞれ省エネ計算を行った上で、建物全体として次のいずれかの条件を満たすことで適否を判断
- 「非住宅部分が非住宅の省エネ基準に適合」かつ「住宅部分が住宅の省エネ基準に適合」
- 「非住宅部分と住宅部分の設計一次エネルギー消費量の合計が非住宅部分と住宅部分の基準一次エネルギー消費量の合計を超えない」かつ「住宅部分が住宅の外皮基準に適合」
建物の省エネ基準は地域区分によりそれぞれ設定されていますが、この地域区分は2019年に見直しされています。
最新の情報を確認するのが重要です。
伝統的な工法を採用している住宅など、「気候風土適応住宅であることにより外皮基準に適合させることが困難であるものとして国土交通大臣が定める基準に適合するもの」については、省エネ法の外皮基準の適用除外の対象となるほか、一次エネルギー消費量基準が合理化されています。
気候風土適応住宅として国が定めた基準や、一次エネルギー消費量基準が合理化などについての詳細な説明は省略させていただきますので、「気候風土適応住宅」に関する資料などを参照してください。
STEP4 設計した建築物の性能評価結果を建築主に説明する
建築士はSTEP3で行った設計している建物の評価に基づき、以下の内容について書面を交付して説明を行います。
- 省エネ基準への適否
- 省エネ基準へ適合していない場合、省エネ性能を確保するための措置
建築士は建築主に対して、設計している建物が省エネ基準へ適合しているかどうかを書面を交付して説明いたします。
適合していない場合は、省エネ基準へ適合さるためにどういった措置を行えばよいかを合わせて説明いたします。
ただし、省エネ基準へ適合させること自体は努力義務でありますので、その旨を建築主に伝えた上で、できるだけ省エネ性能を向上させることを促すことが建築士の役割であるかと考えます。
なお、説明に使用した書面は建築士事務所の開設者が建築士事務所に15年間保存する必要があります。
国土交通省ウェブサイトに、このSTEPで使用する説明書面の参考様式が掲載されています。
WORDファイルですので、ダウンロードして実際に使用することが可能ですので是非利用してください。
説明書面の参考様式(クリックでダウンロード)
STEP4を完了して以降、設計している建物に計画や仕様の変更が生じた場合は、制度上、改めて評価・説明を行う必要はありません。ただし、評価結果の説明時に省エネ基準に適合していたものの、その後の計画や仕様変更などで省エネ基準に適合しなくなる場合は、建築主の意向を踏まえて改めて説明を行った方がよいと考えます。
説明義務制度のまとめ・情報元・関連書籍
建物の省エネ性能の評価を建築主に説明するという説明義務制度についての説明記事ですから、記事の中に説明という言葉がなんども登場して自己言及的になり非常に理解しづらい内容となっていることに恐縮します。
説明義務制度は、小規模建築物の省エネ基準への適合そのものは努力義務であるものの、社会全体の省エネへの関心と意識を高めるための大きな役割を担っているという点で非常に重要な制度だと考えます。
私たち設計者も、実務的にこの制度が求めるタスクをなぞるのではなく、専門家として、この制度を通じて社会全体が省エネ意識を高めて行くための一旦を担うという意識をもって業務に取り組むことが大事なのではと考えます。
この記事の内容は、国土交通省の改正省エネ法に関するウェブサイトの中の資料「改正建築物省エネ法オンライン講座テキスト全国版」および「築物省エネ法に基づく規制措置・誘導措置等に係る手続きマニュアル」を参照しています。
国土交通省の改正省エネ法に関するウェブサイト内にある参照資料へのリンク
国土交通省の改正建築物省エネ法の総合ウェブサイトには、他にも建築物省エネ法や関連する他の制度に関する情報や資料が数多く掲載されていますので、是非訪問してみてください。
建築物省エネ法関連書籍